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名古屋地方裁判所 平成元年(行ウ)6号 判決 1993年8月20日

原告

墨總一郎

右訴訟代理人弁護士

渥美裕資

秋田光治

被告

愛知県教育委員会

右争訟事務受任者

愛知県教育委員会教育長 野村光宏

右訴訟代理人弁護士

加藤睦雄

長屋貢嗣

立岡亘

右指定代理人

本荘久晃

近藤裕治

藤沢宣勝

太田敬久

西井松生

天野堯夫

伊藤武士

山本博司

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  請求

被告が、原告に対し、昭和五九年四月一日付でした、愛知県立名古屋西高等学校への転任処分を取り消す。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案に対する答弁

原告の請求を棄却する。

第二事案の概要

本件は、愛知県立松蔭高等学校の教諭であった原告が、被告から、昭和五九年四月一日付をもって愛知県立名古屋西高等学校へ転任を命ずる旨の処分を受けたことから、右転任処分の取消を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告の経歴等

原告は、昭和四九年四月一日、被告愛知県教育委員会に愛知県公立学校教員として任用され、愛知県立豊田西高等学校に二年間勤務した後、昭和五一年四月一日付で愛知県立守山高等学校(以下「守山高校」という。)に転任し、同校に四年間勤務した。(原告本人尋問の結果)

その後原告は、昭和五五年四月一日から愛知県立松蔭高等学校(以下「松蔭高校」という。)に勤務していたが、同高校に勤務していた間、愛知県高等学校教職員組合(以下「愛高教」という。)松蔭高校分会の代議員、学校委員を歴任し、同校校長との間で交渉を行った。(争いがない。)

2  転任処分の経過

原告は、昭和五九年の定期人事異動について、同年一月に設定された異動希望申出期間中に異動の希望を出さなかったが、同年三月二一日、当時の松蔭高校校長杉田荘治(以下「杉田校長」という。)から、原告を愛知県立名古屋西高等学校(以下「名西高校」という。)へ転任させる旨の内示を受けた。その際、杉田校長は原告に対し、転任理由を説明しなかった。

原告は、右内示の内容を不満として、杉田校長に対し、右内示を撤回するよう被告へ伝えることを求めた。

しかし、右内示は撤回されず、被告は、昭和五九年四月一日付で、原告を名西高校へ転任させる旨の異動(以下「本件転任処分」という。)を含む約七〇〇〇名の定期教職員人事異動を発令した。

3  原告は、昭和五九年五月二九日付で愛知県人事委員会に対し、本件転任処分の取消を求めて不服申立を行ったが、同委員会は、昭和六三年一二月一二日、本件転任処分を承認する旨の判定をした(昭和五九年不第三号事案)。(<証拠略>)

二  原告の主張

1  不利益処分に対する不服申立の趣旨

地方公務員法(以下「地公法」という)四九条ノ二は、不利益処分に対する不服申立制度による救済を定めているが、ここに「不利益な処分」であるかは、事案に即し、公務員の身分保障の観点を重視しつつ、個別的・具体的に判断されなければならない。

そして、職員としての身分・俸給等に異動を生ぜしめない転任であっても、これが他に被処分者の法律上の権利ひいては利益を侵害するものであれば右不利益処分に該当し、その取消を求める法的利益を是認されるべきである。

2  本件転任処分の不利益処分性

(一) 組合(職員団体)活動上の不利益性及び不当労働行為

(1) 地公法五六条は、「職員は、職員団体の構成員であること、職員団体を結成しようとしたこと、若しくはこれに加入しようとしたこと又は職員団体のために正当な行為をしたことの故をもって不利益な取扱を受けることはない。」と規定する。そして、同条に違反して不利益な取扱を受けた職員は、同条で定める権利・利益を侵害されたものとして不利益処分に関する不服申立を行うことができる。

このことは、不服申立制度が職員の基本的な身分上の権利を保障する制度であり、一方、同条が憲法二八条の労働基本権保障の内容として職員団体との関係で職員の身分取扱を保護することを明文をもって保障していることにかんがみれば明らかである。

(2) 本件転任処分は、原告の組合活動を阻害することを目的としたものであり、これにより原告の組合活動に多大な不都合が生じた。

具体的に述べれば以下のとおりである。

<1> 原告は、昭和四九年に愛高教に加入した後、特に守山高校に勤務した以降、組合役員に就任するなど熱心にその組合活動を続けてきた。とりわけ、守山高校におけるいわゆる新設校方式を推進し、教員、生徒の権利、自由を抑圧する愛知県当局、同校管理職及び日本教育会に対する運動を、職場での自立的な取組みとして築きあげることを組合運動の重要部分として位置づけて活動してきた。

また、右活動は、愛高教本部の労使協調的・上位下達的運動方針を批判し、これに対して独自性を持ちながら、各学校現場での運動を通して組合内部においてその変革・活性化をなそうとする質を持つものであった。

原告は、前任校である松蔭高校においても、右のような方針のもとでの組合運動を行い、同校内及び愛高教松蔭分会(以下「松蔭分会」という。)内の教員間での支持も広がり着実にその成果を上げていた。

<2> 原告は、松蔭高校に在勤中、松蔭分会の青年部長、代議員、教育文化部長、学校委員等の役員を歴任するとともに、昭和五七年には愛高教本部の新設校問題検討委員を、昭和五八年には代議員を務めた。

そして、愛知県当局及び同校管理職の進める管理教育を批判し、勤務条件の改善を求めて松蔭分会における松蔭高校校長との交渉を行い、松蔭分会会議において愛高教本部提案を徹底的に討論し、また、具体的な職場の運動の幅広い取組みを定期大会等に反映するなどして松蔭分会活動の活性化を図った。

また、原告は、昭和五六年に愛知県下の県立高校の教職関係者で結成された日本教育会愛知県支部の活動を愛高教の労働組合運動に対する重大な攻撃と受けとめ、日本教育会に対する徹底的な批判行動を行った。

<3> ところが原告に対する本件転任処分により、右のとおり原告を中心として着実に成果を上げつつあった松蔭高校における組合活動は停滞し、松蔭高校校長による松蔭分会への圧力が強まり、不当労働行為が日常化するようになるとともに、松蔭分会内に愛高教本部の労使協調路線が支配的となって松蔭分会活動が低調になり、松蔭分会役員で原告と共に闘ってきた組合員の林及び宮田の両名が昭和六〇年及び昭和六一年に相次いで他校に転出し、松蔭高校内において、職員会議での採決廃止、組合活動家の担任・副担任外し、学習合宿の導入などの新設校化が進行し、職員の労働強化、勤務条件の悪化がみられるようになった。

<4> 他方、原告の転任先である名西高校においては、学校管理者が原告に対する敵対的対応をするのみならず、愛高教名西分会(以下「名西分会」という。)も、原告の前記(1)のような組合活動方針と対立する運動方針を展開して愛高教本部の方針を支持し、積極的に勤務条件、管理教育について発言し、名西分会の組合活動を活性化させようとする原告の活動を妨害して愛高教の代議員や学校委員に選任せず、名西分会会議において原告が提起した不当人事、部活動顧問の休日勤務、喫煙室、アスベスト問題などを取り上げようとしないなど、原告を排斥する対応に終始したため、原告は名西高校の職場に基盤をおいた組合活動をすることが不可能となった。

(3) なお、原告の組合活動上の不利益は、右のとおり愛高教内部の方針の不一致にも起因するものであるが、本件転任処分は、被告がこうした愛高教内部での方針の不一致(新任校の組合組織すなわち分会の活動方針が原告の組合活動方針に対立するものであること)を十分に承知したうえ、これを利用して原告の組合活動上の不利益(愛高教に対する原告の影響力の排除)を意図したものであり、この意味において不当労働行為であることは否定できない。

(二) 教育原理上教員に保障された権利を侵害する転任

(1) 任命権者が教員たる地方教育公務員の転任処分をなすにあたっては、憲法二三条、教育基本法六条二項、一〇条一項、二項の定める特別身分保障原理により、教員には他の公務員より強い身分保障が要請されていることに照らし、任命権者の裁量権につき次のような制限があると解すべきである。

<1> 教員に対する転任が、当該教員の教育活動を過度に阻害する結果となる場合には、それは裁量権を超えて違法となる。

<2> 当該学校の教育活動全体が、過度に阻害される結果となるような転任処分は裁量権の範囲を超えて違法となる。

<3> 転任は教育基本法一〇条二項により、教育条件整備のために行われるものでなければならないから、それ以外の目的で行われる人事、たとえば報復人事は処分の濫用となり違法となる。

<4> 転任は原則として本人の希望ないしは承認に基づくことを要する(希望、承諾の原則)。

この原則は、転任により教育的意欲を阻害したり、学校の教育活動に阻害を生ぜしめたりすることなく、むしろ転任によって教育条件整備が推進されるようにするためであるから、「不意転」は、新任校からの強い希望及び新任校の教育の発展に必要な特段の事情が具体的に存する場合、例外的に行い得るにすぎない。

(2) 右のような任命権者の裁量権の限界の存在を教員の側から見ると、教員は、右<1>ないし<4>の原則を逸脱した転任処分を受けない身分保障の権利、利益を有しているというべきである。

したがって、こうした教育法理からの教員の身分保障に反する転任処分を受けたときは、まさに法的利益を侵害されたものとして不利益処分に関する不服申立を行うことができるというべきである。

(3) 松蔭高校における原告の教育活動の阻害

本件転任処分は、以下のとおり、原告の教育活動を阻害し、被告の裁量権を逸脱しているから、原告の法的権利を侵害するものである。

原告は、昭和五九年度は、社会科教員として教科主任に着任するはずであった。教科主任は習熟度別学級編制の導入など全校的な教育計画、カリキュラムを検討するカリキュラム委員会に参加し、学校運営上極めて大きな役割を持っており、松蔭高校においては、輪番で着任順に受け持つ民主的慣行を有していた。本件転任処分は、このような重要な社会科主任に原告が就任することを察知し、日ごろから原告の教育活動を嫌悪していた杉田校長が、原告を同年度の人事異動の対象にして、強制配転したものであり、原告の教育活動を阻害し、原告の教育意欲を減退せしめるものであった。

(4) 松蔭高校の教育活動の阻害(不合理性)

本件転任処分は、以下のとおり、松蔭高校の教育活動を阻害し、被告の裁量権を逸脱しているから、原告の法的権利を侵害するものである。

<1> 松蔭高校の教員構成上の不合理

原告は本件転任処分当時三四歳で、松蔭高校の教員の平均年令四一歳をかなり下回り、松蔭高校の在職年数も四年と松蔭高校の全体平均六・五年に比べて短かった。しかも松蔭高校は、教職員の平均年令が県下でも一、二位を争う高年令の職場であった。したがって、杉田校長は、被告との面談で「でき得ればもう少し平均年齢等も下がっていいのではないか」との希望を述べてさえいる。

ところが、本件転任処分によって松蔭高校では更に年齢構成を上昇させ、しかも社会科の教員の平均年令を二・一歳も引き上げてしまった。

以上のことから、本件転任処分が、被告側の「異動方針」の第三項に定められている「学校間の教職員構成の均衡に留意する」点にも矛盾しており、教員構成に関する限り合理的理由は全くないことは明らかである。

<2> 松蔭高校の社会科カリキュラムにおける教員配置上の不合理

本件転任処分は松蔭高校における社会科カリキュラム、とりわけ社会科の非常勤時間担当科目、持ち時間に多大の矛盾と不合理を生んだ。

第一に、仮に本件転任処分がなかったとしても、昭和五九年度には二四時間もの非常勤時間数が予測されていた。即ち、一人の専任教員が一六時間担当するとして、少なくとも一人の専任教員を増員しなければならない状態であった。しかるに、本件転任処分によって原告に代わって教頭が転入したことにより、三二時間もの非常勤時間数が生じてしまった。これは本来考えられぬ異常な講師時間数である。このために転入した桑名教頭は、全県的な教頭の持ち時間六ないし八時間を大幅に上回る一〇時間を持たざるを得なくなった。

第二に、本件転任処分によって、倫社・政経専門の原告が転出し、地理専門の桑名教頭が転入した。その結果、倫社・政経(現代社会も含む)専門の教員は四名必要なところ二名となり、他方地理専門の教員は二名で十分足りるところ三名という異常な事態になった。そこで、原告と入れ代わりとなった地理専門の桑名教頭は、専門外の現代社会及び政治経済を合計一〇時間も担当することとなった。こうした矛盾を解消するために、被告ならびに杉田校長は、本件転任処分の翌年に専任教員を一人増員し、非常勤時間数を六時間とする人事異動を行い、桑名教頭も専門科目の地理を八時間担当することとなった。

以上の点から見て、本件転任処分が、松蔭高校における社会科カリキュラムにおける教員配置上極めて不合理であることは明らかである。

(5) 名西高校における本件転任処分の不合理

本件転任処分は、名西高校においてもその合理的理由は見当たらない。

第一に、名西高校における社会科教員の異動希望がなく、日本史担当の川崎教諭と現代社会、政治経済担当の田中教諭が、不意転で転出させられたからである。とりわけ川崎教諭は、日本史が専門であるにもかかわらず、本件転任処分に関わる愛高教の対県交渉の中で原告との差し替えであることを被告木村主事が言明しており、本件転任処分と川崎教諭の転任処分が組合対策以外の何ものでもなく川崎教諭の転任処分もまた不当労働行為であることを示している。

第二に、名西高校において原告の転任を必要とする特段の事情があったわけではないことは、当時の名西高校校長杉浦一徳の具申内容から見ても明らかである。しかも名西高校では原告の処遇に非常に困っており、校務分掌の決定について、結局分会長が面倒を見るといった形で総務部に入れさせられた。

以上のことから、本件転任処分は、名西高校における合理的な理由がないばかりか、むしろ被告ならびに杉田校長は、本件転任処分を強行するために、名西高校における転任希望のない教員を玉突き人事で転出させてしまったのである。

(6) 報復人事(転任処分の目的)

本件転任処分は、以下のとおり、報復人事が目的であって、被告の裁量権を逸脱し、原告の法的権利を侵害するものである。

<1> 本件転任処分は、原告の日ごろの教育活動を嫌悪し、原告が教科主任となることを恐れてこれを排除せんとした杉田校長の違法、不当な具申によって被告がなしたものである。

<2> 本件転任処分は、愛高教を敵視している日本教育会、杉田校長及び被告が、原告が中心となっていた組合活動を嫌悪し、恐れ、その弱体化を狙った不当労働行為そのものである。

<3> 本件転任処分は、被告及び日本教育会が推進している東郷高校方式の管理教育批判を展開し、体罰禁止等を求めた公開質問書を被告に提出する等の市民運動の中心にいる原告を被告が嫌悪し、その意欲を阻まんとし、かつ報復を目的としたものである。

(7) 転任手続の違法(希望、承諾なき不意転)

本件転任処分は、原告の希望、承諾なき不意転で、被告の裁量権を逸脱しているから、原告の法的権利を侵害するものである。

原告は松蔭高校に赴任して四年しか経過しておらず、異動希望は一切出していなかった。しかるに、同年三月二一日に至って突然杉田校長から転任の内示が原告に伝えられた。しかも、その内示の際の原告からの内示撤回の要求は被告に伝えられずに本件転任処分が強行されてしまった。他方、本件と同じ定期人事異動によって、松蔭高校における日本教育会の会員である二村教諭は新設校へ主任で転任したが、このことを本人が内示前の同年一月には既に知っていたことと比較すると、被告の差別的な人事政策が明らかである。

また、本人の意思に反する転任については、本人の意思を尊重することが教育効果の向上に資することが大きいことにかんがみ、できるだけ事前に本人に対し転任該当者となった理由を説明したり、転任希望地を聞いたりしてその納得を求める手続を行うことが望ましいことは明らかである。これに反し、本件転任処分は、発令一〇日前の突然の内示によって、その転任理由も全く不明のまま、原告の納得を求める手続を一切踏まないで行われたものであり、転任の法的制約に反することは明白である。

(三) 通勤時間の不利益性

本件転任処分によって、名西高校への原告の通勤時間は一時間四〇分を超えるようになり、しかもラッシュアワーの問題および地下鉄の乗換えのことを併せ考えれば、松蔭高校よりも更に厳しくなっており、通勤上においても原告は不利益を被っている。

また、被告の「人事異動要領」によっても通勤時間が一時間三〇分を超えた場合は考慮の対象とされることになっている。

3  本件転任処分の違法性

以上のとおり、本件転任処分が原告の法的権利・利益を侵害する不利益処分として法的救済の対象であることは明らかであるところ、右で述べた不利益性はまさに原告の法的権利を侵害することを内容とするものであるから、当然に違法である。

すなわち、本件転任処分は、任命権者の裁量権の範囲を逸脱して原告の法的権利を侵害する違法な処分であり取消を免れない。

二(ママ) 被告の主張

1  本案前の主張

本件転任処分は原告に法律上の不利益を課するものではなく、地公法四九条の二第一項、四九条一項の「不利益な処分」に該当しないので、本件訴えは却下されるべきである。

(一) 地公法は、「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」を受けたときにのみ同処分の取消を求める不服申立てを行うことができると定めており(四九条の二第一項、四九条)、不利益な処分以外の処分については、不服申立ができない(同法四九条の二第二項)。

そして、右にいう「不利益な処分」とは、当該処分の法的効果として不利益を伴うものであることが必要であって法律上の不利益を指すものである。すなわち、処分が取り消され、原状に回復すべき法律上の利益が侵害されることが必要である。

したがって、当該処分の効果として何らかの意味における不利益が生じたとしても、それが事実上の不利益ないし反射的不利益あるいは主観的不利益などであるならば、これをもって不服申立ての対象となる「不利益な処分」ということはできない。

(二) ところで、転任は、職員を昇任・降任以外の方法で他の職員の職に配置転換することであり、本来職員に不利益を課する処分ではなく(その意味で水平異動といわれている)、また、地公法も、転任につき職員の同意を要するものとはしていないし、格別の処分要件を定めてもいない。

このように、転任そのものは、職員が包括的な任命権の支配に服する以上、行政上の必要によって横への異動をすることは当然受容すべき性質のものであり、これを「不利益な処分」ということはできないといわれている。

したがって、降任・降給を伴わない限り、転任は、本来的には地公法四九条の二第一項にいう「不利益な処分」に該当しない。

(三) 本件転任処分は、愛知県内であることはもちろんのこと名古屋市という同一市内にある松蔭高校(名古屋市中川区所在)から、規模も伝統も類似した名西高校(名古屋市西区所在)への配置換え(水平異動)を命じたものであり、かつ、これにより、原告の教員としての身分、俸給等に異動を生ぜしめたものでもなく、客観的また実際的見地からみても、原告の法律上の地位(法的効果)について何らの変更はなく、原告に法律上の不利益は全くない。

(四) なお、原告が「本件転任処分が違法である」として主張する理由は存在しないか、または、原告において仮に不利益であると考えたとしても、いずれも転任に伴う事実上のあるいは反射的もしくは主観的な不利益(効果)というべきものであって、原告にとって権利として保護されるべき法的な利益が侵害されたと評価し得る法律上の不利益ではない。

すなわち、原告は本件転任処分によって、「通勤時間上の不利益」、「教育活動上の不利益」または「組合活動上の不利益」を被ったと主張している。

しかし、そもそも地公法自体が転任処分を予想している以上、勤務場所の変更に伴って通勤時間や教育活動の内容、組合活動の内容にある程度の変化が生じることは法の当然予想するものであって、かような場合、その変化が仮に被処分者の意思に沿わなかったとしても、そもそも地公法四九条にいう「不利益な処分」の問題とはならないというべきである。

(1) 通勤時間について

本件転任処分による通勤時間の増加は存在しない。

また、仮に原告の主張するように通勤時間が一〇分程度増加しているとしても、これは、転任に伴う当然の反射的かつ事実上の影響であり、地公法四九条に定める「不利益性」には当たらない。

被告が定めた実施要領においても、転任につき「通勤時間は『原則として』公共の交通機関で片道一時間三〇分程度までは考慮しない」と一応の基準を示したものにすぎず、必ず一時間三〇分の範囲内でなければならないと定めているわけではない。

したがって、同一の名古屋市内への通勤であり、通勤手段にも質的な違いはない状況での本件の程度の通勤時間上の変化は、当然に公務員の受忍すべき範囲内にあるものといわねばならず、法の予測するところであるから、「法律上の不利益」の問題は生じない。

(2) 教育活動上の不利益ないしは組合活動上の不利益について

<1> 教育活動上の不利益、組合活動上の不利益についても、右と同様に、法は勤務場所の変更に伴って、当然にある程度の変化が生ずることを予想しているものというべきである。

したがって、仮にその変化が、被処分者の主観的意思に反していたとしても、転任に伴う反射的かつ事実上の主観的な不利益にすぎず、地公法四九条にいわゆる「不利益な処分」には当たらない。

ちなみに、原告は現任校である名西高校において、松蔭高校と同様の組合活動をし、更には新たな組合を結成するなど、自らの信条に従った教育活動、組合活動を精力的になしているのであって、逆に、これを阻害するような客観的な法律上の障害は存在しない。仮に原告の主観的に意図した結果が発生していないとしても、それは、原告自身も自認するように組合(愛高教)内の方針の不一致等、本件転任処分とは直接の関連性のない別の要因に基づく影響に他ならない。

また、原告は、松蔭高校での四年間にわたる活動で築き上げてきたものが本件転任処分によって断ち切られたとするが、転任があればそれに伴い前任校での活動は組合活動に限らず中断するものである。仮に築き上げてきた組合活動を断ち切らないよう一切転任させ得ないとすれば、県民から信託された公教育を振興・充実させる責務の実現を困難ならしめ、公務の負うべき使命、責任を没却するものである。

更に、原告は、日本教育会への批判、新設校方式(管理教育)への非難、愛高教本部への不満を力説するが、これらは、本件転任処分による原告本人の不利益とは何ら関連性ない事実であるし、原告が力説する右組合活動は、前任校であろうが現任校であろうが実質的違いはなく、本件転任によって断ち切られる性格のものともいえず、そもそも本件転任による原告主張の右不利益自体存在しないというべきである。

<2> 原告は、本件転任処分が社会科主任に内定していた原告の教育活動を阻害し、教育意欲を減退せしめたと主張する。

しかし、転任によって同僚や生徒が必然的に変わるなど、教育活動を実現するための環境にある程度の変化が生ずることは、転任処分を許容する法が当然に予想するところであり、仮に原告の主観的意思に反したからといって何ら法律上の不利益とはいえない。

<3> 原告は、松蔭高校の平均年齢が上昇したこと、非常勤講師の時間数が増加したこと等をもって、松蔭高校の教育活動全体を過度に阻害せしめたとしている。

しかしながら、そもそも、松蔭高校の教育活動全体を過度に阻害したか否かは、本件転任処分による原告本人の不利益とは全く関係のないことである。

また、これを別にしても、平均年齢や非常勤講師の時間数は、極めて流動的なものであり、人事異動において職員の異動があれば増減の変動を生むのは通常のことである。本件の場合もたまたま増の結果が生じたというにすぎず、これらをもって教育活動を阻害されたというは論外である。

<4> 本件転任処分は、約七〇〇〇人に及ぶ昭和五九年公立学校教員定期人事異動という全体的異動の一環として実施されたものであり、被告が原告の日ごろの組合活動、教育活動等を阻害する意図をもって原告を転任させた事実は一切ないし、これらの原告の活動を嫌悪した報復目的も全くない。

2  本案に対する主張

仮に、本件転任処分が何らかの意味で地公法四九条一項にいう「不利益な処分」に該当する余地があったとしても、右処分は被告の自由裁量権の範囲内でなされた適法かつ妥当な処分であるというべく、裁量権を逸脱した違法は何ら認められない。

(一) 本件転任処分の意義

(1) 転任処分は、任用の一方法として地公法一七条一項に根拠を有するところ、転任処分については、他の同条所定の採用、昇任及び降任と異なり、その要件を定める規定は特に置かれていない。また、教育公務員特例法五条は、大学の長、教員及び部局長のその意に反する転任については、特に大学管理機関の審査の結果によることを明示しているのに対し、大学以外の公立学校の教員の転任については、かかる特別の規定は設けられていない。

したがって、公立学校教員の転任処分は、任命権者の自由裁量処分であり、右裁量権は、被告に課せられた公教育の一層の責務を遂行するため、教育行政上の必要に基づき、専門的な立場から行使されるものであって、処分が全く事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか、または社会通念上著しく妥当を欠き裁量権の範囲を超えるものと認められない限り、取り消されることはない。

(2) 被告は、その自由裁量権を行使して転任等の人事異動を行うにあたっては、県民の信託にこたえて愛知県内の公立学校教育の一層の振興・充実を図るため、例年人事異動方針を内部的基準として設定し、被告に付与された自由裁量権の行使につき、公正かつ適正を確保してきた。

しかして、被告は、昭和五九年定期人事異動においても、前記目的を達成するため、<1>公正かつ適正な異動を行い、人事の刷新を図り、清新な気風の醸成に務め、<2>全県的視野に立ち、広域にわたる人事を推進し、<3>学校間、地域間に格差を生じないよう教職員構成の充実・均衡を図る等の人事異動方針(以下「異動方針」という。)、更にこれを具体化するためのものとして、人事異動実施要領(以下「実施要領」という。)を定め、この方針に基づいて原告を含む約七〇〇〇名に及ぶ公立学校教員の人事異動を行った。

(二) 本件転任処分の経過

本件転任処分の経過は次のとおりである。

(1) 被告は、昭和五九年一月一二日、異動方針及び実施要領を定め、同日付けで各県立学校長等あて通知するとともに、同日報道機関にも発表した。翌一三日、朝日新聞、毎日新聞、中日新聞及び中部読売新聞の各朝刊に異動方針が掲載され、一般の了知するところとなった。

(2) その後同月一三日及び一四日の二日にわたって地区別に開催された校長会の席上、被告は、異動方針及び実施要領を説明し、各県立学校長から意見具申を受けるための個別面接日程を知らせた。

(3) 杉田校長は、同月一九日の職員会議において教職員に対し、「例年のような方針に基づいて異動が行われるが、異動希望のある方は、教頭席の机上にある所定の用紙に記入して来週末(一月二八日)までに申し出てください。」と指示した。

この指示に従い異動希望を出したのは一名で、原告からは申出がなかった。

(4) 被告は、同月三〇日から同年二月一八日まで各県立学校長との個別面接を進め、校長の意見を聴取した。

被告は、杉田校長との面接を同月六日に行い、同校長から退職予定者、転出希望者及び次年度の学校経営構想等に関する意見を聴取した。その際、同校長から、被告が人事上必要であれば、いずれの者を転任させてもかまわない旨の意見があった。

また、名西高校校長杉浦一徳(以下「杉浦校長」という。)とは同月二日に面接したが、その際、同校長から日本史担当の教諭を転出させたい旨及びその後任として現代社会・政経のできる若い教員がほしい旨の意見具申があった。

(5) その後被告は、前記面接資料を基に人事異動手続を進め、昭和五九年定期人事異動(案)を作成した。

原告については、中学校教諭一級普通(社会)及び高等学校教諭二級普通(社会)の各教育職員免許状を有しているところ、特に倫理・政経の教科を得意としており、杉浦校長の希望にも沿うものであり、また、松蔭高校での勤務が四年に及んでおり、同校校長の誰を転任させてもよい旨の意見もあることから、原告を名西高校へ転任させることに内定したものである。

(6) 被告は、同年三月二一日に各県立学校長を婦人文化会館に集め、各学校ごとに内示書を手交し、異動対象職員への内示伝達を依頼した。同内示書には、原告を名西高校へ転任させる異動も含まれていた。

杉田松蔭高校長は、上記内示書を受領後直ちに自校へ戻り、原告を含む異動対象者を校長室へ呼び、転任内示を伝達した。同校長は、原告に対する内示の際、他の異動対象者に対すると同様に転任理由を説明しなかった。

(7) 杉田校長は、内示伝達の際、原告より内示を撤回するよう被告へ伝えることを求められたので承諾し、同月二二日、被告に対し電話で原告が内示を撤回してほしい旨述べているということを伝達した。

(8) 原告は、同月二二日及び二三日の両日にわたって県庁に出向き、被告に対し内示撤回の要求をした。その際、原告から杉田校長から転任内申はあったかと尋ねられたので、被告は、校長から原告の転任に関し特段の意見具申はなかったと答えた。

その後被告は、原告の内示撤回の要求を慎重に検討したが、撤回の必要を認めないとの結論に達した。

(9) 被告は、昭和五九年四月一日付けで原告を含む約七〇〇〇名の定期教職員人事異動を発令した。

(三) 以上のおり、原告に対する本件転任処分は、公立学校教育の一層の振興を図り、県民の信託にこたえるため、教育行政上の必要に基づき、昭和五九年定期人事異動の一環として行ったものであって、適法かつ妥当な処分である。

なお、原告は、本件転任処分には行政手続上の瑕疵がある旨主張するが、転任処分は、被告の裁量権に基づいて行うものであり、地公法は転任につき職員の同意を要するものとはしていないのであって、本人の希望や納得がなければ転任させ得ないものでもなく、また、留任させ得ないものでもない。

以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく失当である。

第三争点に対する判断

一  被告は、本件転任処分は原告に法律上の不利益を課するものではなく、地公法四九条の二第一項、四九条一項の「不利益な処分」に該当しないから、本件訴えは不適法として却下されるべきであると主張するので、まずこの点について検討する。

1  まず、公立学校教員の転任に関する法制についてみるに、被告は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)二三条三号により愛知県公立学校教員である原告の任免その他の人事に関する権限を有しているところ、同法三五条、地公法一七条一項によれば、任命権者は「採用、昇任、降任又は転任のいずれか一の方法により」職員に対し一方的に任命権を行使することができるものと定められているだけであり、教育公務員特例法五条一項の適用のある大学職員等の場合と異なり、地公法は転任について職員の同意を必要とするなどの格別の処分要件を規定していないし、また、転任に関する不服申立手段も特別には設けていない。したがって、地公法は、転任処分それ自体を職員に不利益を課する処分とは考えていないことが窺える。

他方、地公法四九条の二第二項によれば、同法四九条一項にいう「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」についてのみ不服申立を行うことができるものとされ、このような「不利益な処分」については、同法五〇条三項によりその救済として当該処分の取消を求めることができると規定している。

以上によれば、地公法は、転任処分について、それが「不利益」を伴うものでなければ、職員に対し当該転任処分を取り消して元の職に戻すべきことを求める権利を認めない趣旨であると解するのが相当である。したがって、転任処分は、不利益な処分と認められる場合に初めてその取消を求める訴えの利益があるものというべきである。

そして、地公法は、前述のように転任処分それ自体は、たとえ本人の意思に反するものであっても不利益な処分とはみていないのであるから、身分、俸給等に異動を生ぜしめるものでなく、客観的また実際的見地からみて勤務場所、勤務内容等において何らの不利益を伴うものでないような転任については、他に特段の事情が認められない限り、転任処分の取消を求める法律上の利益を肯認することはできないというべきである(最高裁昭和六一年一〇月二三日第一小法廷判決参照)。

2  そこで、次に本件転任処分の不利益性について検討するに、本件転任処分によって原告の愛知県公立学校教員としての身分、俸給等に異動が生じたとの主張はないので、まず原告の勤務場所、勤務内容等に実際的見地からみた不利益があるかどうかについて考察を加えることとする。

(一) 原本の存在及び成立に争いのない(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 松蔭高校は名古屋市中川区烏森町に、名西高校は名古屋市西区天神山町に所在するいずれも名古屋市内の県立高校であり、生徒数はいずれも一学年一〇学級で約一三〇〇人ないし一四〇〇人、教員数もほぼ同数であって、いずれも伝統校ないし進学校ということで類似し、学校規模としてもほぼ同程度であって、その勤務環境はかなり共通している。

また、勤務(ママ)時間についても、自宅からJR中央線高蔵寺駅まで徒歩及びバスを乗り継いで約三〇分かかることは本件転任処分の前後で変化はなく、松蔭高校の場合、高蔵寺駅から名古屋駅までの約二四キロメートルをJR中央線で約四〇分、名古屋駅で近鉄電車に乗り換え烏森駅までの約二・七キロメートルを近鉄線で約一〇分、烏森駅から松蔭高校までの約〇・五キロメートルを徒歩で約五分で、待ち時間を含めた自宅からの所要時間は合計約一時間三〇分であったのに対し、名西高校の場合も、高蔵寺駅から千種駅までの約一六・九キロメートルをJR中央線で約二五分、千種駅で地下鉄に乗り換え浄心駅までの約四・八キロメートルを約一一分、浄心駅から名西高校までの約〇・八キロメートルを徒歩で約一〇分で、待ち時間及び地下鉄伏見駅での乗換えの時間を含めた自宅からの所要時間は合計約一時間三〇分であって、名西高校の場合には地下鉄伏見駅での乗換えの手間が一回増えることはあるが、勤務(ママ)時間それ自体は本件転任処分の前後でほとんど大差はない。

(2) 松蔭高校においては、社会科の教科主任は前年度に会計係を担当していた者が担当する旨の社会科教員間の暗黙の慣行が存在し、同校の校長も右慣行を尊重していたことから、右慣行によれば、昭和五九年度は原告が社会科教員として教科主任に着任する予定になっていたが、同年度に行われた本件転任処分によって、原告は松蔭高校における社会科の教科主任に着任する機会を失った。

教科主任は、各教科の教員によって構成される教科会議のまとめ役としてその意見を集約し、各教科の単位数、試験回数や試験内容等各教科のカリキュラム内容を検討し決定するカリキュラム委員会のメンバーとしてこれに参加する役割を担っていたが、右教科主任は、学校教育法施行規則六五条一項、二二条の三によって置かれる教務主任及び学年主任とは異なり、主任手当の支給対象となる役職ではない。

また、名西高校においても、教科主任の担当について右と同様な慣行が存在していたことから、原告は同高校着任後五年目の昭和六三年度に社会科の教科主任を担当した。

更に、原告は、松蔭高校において平均週約一六時間の社会科の授業時間数を受け持っていたが、名西高校においても、転任当初週約一八時間の授業時間を受け持たされ、松蔭高校においては担当していなかった現代社会の授業を担当したことがあったほかは、生徒に対する講義時間や講義内容は、松蔭高校と名西高校とでほとんど変わりがなかった。

(3) 原告が松蔭高校に在職した年数は四年間であり、本件転任処分当時の松蔭高校の教員全体の平均在職年数約六・五年に比較して短かく、被告が昭和五九年定期人事異動のために作成した昭和五九年定期教職員人事異動実施要領において、特に転任検討対象者とされた同一校長期間勤務者の範囲にも原告は含まれていなかった。

しかし、四年の在職期間で転任することは、教員の転任期間として特に異例ということはなく、一般的には教職員が有効に教育効果を達成するためには在勤する当該学校、学区、生徒等を把握し、理解することが必要であり、そのためには一年間程度を必要とするが、二年目ないし三年目になれば十分に教育の成果を上げることは可能となるといわれているし、高等学校の場合、原則として三年間で卒業してゆくという生徒の一サイクルを経験すれば、生徒に対する教育効果の面からも教員自身の教育意欲の面からも異動対象から除外しなければならない理由は存在しない。

(二) 以上の認定事実によれば、本件転任処分によって原告の勤務場所、勤務内容等に実際的見地からみた不利益があるということはできない。

確かに、通勤において地下鉄の乗換えの手間が増えたことは認められるが、この程度のことは公務員としての受任(ママ)限度の範囲内というべきであって、これをもって不利益なものということはできない。

また、原告は、本件転任処分によって原告が松蔭高校の社会科主任に就任できなかったことにより、原告の教育活動は阻害され、教育意欲を減退せしめられるという勤務内容についての実質的な不利益を被ったと主張するが、教科主任を命ずるかどうかは校務分掌の問題であって当該高等学校の校長の権限に属する事項であるから(学校教育法五一条、二八条三項)、被告のなした本件転任処分とは直接関連性を有せず、原則として本件転任処分による法的効果ということはできないし、原告は名西高校に転任後同高校において社会科の教科主任を担当するに至っていることは前記認定のとおりであるから、本件転任処分によって原告の教育活動についての実質的な不利益を生じた事実自体認め難いというべきである。

3(一)  次に、原告は、本件転任処分により原告の組合活動に多大な不都合が生じたと主張する。

確かに、前記認定事実、原本の存在及び成立に争いのない(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、松蔭高校に勤務していた間、原告なりの教育労働者としての理念に基づき、同校管理職、愛高教本部及び日本教育会に対する批判的立場から教育及び労働条件に関する職員団体の活動を行い、愛高教松蔭高校分会の青年部長、代議員、教育文化部長、学校委員等の役員を歴任するとともに、同校校長との間で交渉を行うなどしてきたことが認められる。

しかし、そもそも原告の主張するような職員団体の活動上の不利益が地公法四九条の二第一項、四九条一項にいう「不利益な処分」の要件として必要とされる不利益性の内容に含まれるかどうか疑問の余地があるのみならず、前掲各証拠によれば、原告は、名西高校に転任した後においても、松蔭高校在職中と同様の立場から職員団体の活動を行い、昭和六二年に愛高教本部書記長に、昭和六三年に同本部副委員長に立候補し、愛知学校コミュニティーユニオン(ASCU)を新たに結成するなど、松蔭高校在職中と何ら径庭なく職員団体の活動を行っていることが認められるから、本件転任処分によって原告が職員団体の活動上も不利益を被った事実は認め難いというべきである。

なお、原告は、名西高校においては原告の意見が職員全体に支持されにくく名西高校の職場に基盤をおいた職員団体の活動をすることができない旨供述するが、転任に伴う勤務場所の変更に伴って、その職場の職員によって構成される職員団体の活動方針にある程度変化が生ずることは当然に予想されるところであって、自己の意見と異なる意見の職員が多い職場に転任させられたことが直ちに地公法四九条一項にいう「不利益な処分」に該当するとはいえないというべきである。

(二)  また原告は、本件転任処分は、愛高教を敵視している日本教育会、杉田校長及び被告が、原告が中心となっていた組合活動を阻害することを目的としてなされた不当労働行為であると主張する。

原告はその根拠として、杉田校長がかつて古知野高等学校の校長に在職していた当時、ストライキ参加者の愛高教組合員を「校務阻害教員」として校長の具申書によって同校から一掃した経歴を有していること、昭和五九年の定期人事異動において、緑ケ丘商業高等学校における不正な生徒会費横領事件を内部告発した愛高教の組合員を強制転任しようとした同校校長の具申書が発見されたことなどを上げているが、前記のとおり、本件転任処分が原告にとって不利益を伴うものとは認められないことに照らすと、右事実をもって、本件転任処分にあたり、被告に原告の組合活動を阻害する目的があったものと推認することは困難であるというべきであるうえ、そもそも本件転任処分が原告にとって不利益を伴わないものである以上、本件転任処分がいかなる目的でなされたかにかかわらず、原告に本件転任処分の取消を求める法律上の利益を肯認することはできないというべきであるから、原告の右主張を採用することはできない。

4  更に、原告は、教員として、任命権者の裁量権の限界を逸脱した違法な転任処分を受けない身分保障の権利、利益を有しており、教員の身分保障に反する転任処分を受けたときは、法的利益を侵害されたものとして不利益処分に関する不服申立を行うことができると主張する。

しかし、地公法が公立高等学校の教職員の転任処分それ自体を不利益な処分とはみていないと解されることは前記のとおりであるから、転任処分の取消を求め得る要件としての不利益性は、当該転任処分の実体的適法要件とは独立した別個の訴訟要件として解釈すべきところ、原告の右主張は訴訟要件としての不利益性を転任処分の実体的適法要件と混同するものであって、採用することはできない。

したがって、原告の主張する本件転任処分の松蔭高校の社会科カリキュラムにおける教員配置上の不合理、名西高校における不合理及び転任手続の違法は、本件転任処分の実体的適法要件としては意味をもつ事実であるが、いずれも本件転任処分によって受ける原告の不利益性如何とは何らの関係も有しないから、この点について判断するまでもなく主張自体失当といわざるを得ない。

二  以上のとおりであるから、原告は本件転任処分の取消を求める法律上の利益を有せず、本件訴えはその利益を欠くというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく不適法なものとしてこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 潮見直之 裁判官菱田泰信は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 福田晧一)

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